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ごあいさつ

妙見寺が責任を持って永代に亘りご供養いたします - 《妙見寺第七世》住職 亀廣慈宗

近年、流行り病のように私が死んだら山に散骨をして欲しいとか、海にお骨を撒いてほしいとか希望なさる方が増えています。しかし本当にそれで良いのでしょうか。残されたご家族のことも考えられてのことなのでしょうか。

古来、人々は古墳を築き、塔を建て、死者を埋葬してきました。その行為には様々な意味が込められていたことでしょう。安らかに眠って(成仏して)欲しい。お参りをすることで、また亡くなった人に会いにいくことができる。愛する人や恩ある人を想い、時を過ごしたい。その気持ちがあるからこそ、人々は墓を建て供養をしてきたのです。しかし、散骨をして残された家族や知人はどこに参れば故人に会えるのでしょうか。

残念ながら、現在、お墓を建てるためには高額がかかり、経済的に難しい方がいらっしゃるのも事実です。また、戦後核家族化が進み、高齢化の時代に突入、団塊の世代は定年を迎え始め、少子化が進んでいます。そんな中、墓地が無い、墓は欲しいが費用がかかり過ぎる、跡継ぎがいなくなり墓のお守りができないなど、たくさんの方が不安や悩みを抱えておられます。納骨堂が求められる理由がここにあります。

妙見寺は幕末より続く寺院であり、安心してお骨を預けて頂けます。交通至便な都会の中にあり、天候を気にせず、気軽にお参りいただくことができます。お年を召された時に、特にその安心をご実感いただくことができるでしょう。また、例え絶家しても永代供養塔に入り供養が受けられます。

お寺は本来、法事や葬式を行うだけでなく、人々の様々な悩みに共に悩み答え、心の拠り所となり、文化の交流や発信の場でもありました。寺院離れが進んでいる現代で、私は今一度お寺のあり方、役割を見直していきたいと考えています。ご縁の有る無しにかかわらず、お気軽に妙見寺にお越しください。皆様のご来寺を心よりお待ち申し上げております。

合 掌



新納骨堂 思親閣 開堂供養(平成28年4月22日)