文久山 妙見寺

当山は身延山直末で日蓮宗 文久山 妙見寺と称する。
開基となった田中宇助氏が、遥か熊本より加藤清正公像を奉じて諸国を巡礼し、
文久元年(一八六一年)の春頃、この地へ来られ、庵を結び、
「題目堂」と名付けた事が当寺のはじめと伝わる。
そして縁あって身延山より是妙尼を迎えて初祖とした。
これが後の本乗院日行法尼である。以来、第二祖 是好院日明法尼と続いた。
また日達法尼の時、大阪は能勢より妙見大士の御分身を請けて奉祀し、妙見寺と改めた。
戦前は境内地五〇〇坪を有して、本堂及び妙見堂が建てられていたが、
昭和十九年の県・市道拡張の折に三〇〇余坪を削られた。
この為、本堂を取り壊し、妙見堂を移して本堂とした。

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