妙見寺 落慶音楽大法要

令和五年十一月十二日
本堂・釈迦殿・納骨堂・書院・多目的ホール・庫裡
可愛らしいお稚児達がお父さんお母さんに手を引かれ行列しました。
多くの御寺院、檀信徒が見守るなか落慶法要が営まれました。
心より御礼申し上げます。
※当日のご様子はインスタグラムにて公開中

文久山 妙見寺

当山は身延山直末で日蓮宗 文久山 妙見寺と称する。
開基となった田中宇助氏が、遥か熊本より加藤清正公像を奉じて諸国を巡礼し、
文久元年(一八六一年)の春頃、この地へ来られ、庵を結び、
「題目堂」と名付けた事が当寺のはじめと伝わる。
そして縁あって身延山より是妙尼を迎えて初祖とした。
これが後の本乗院日行法尼である。以来、第二祖 是好院日明法尼と続いた。
また日達法尼の時、大阪は能勢より妙見大士の御分身を請けて奉祀し、妙見寺と改めた。
戦前は境内地五〇〇坪を有して、本堂及び妙見堂が建てられていたが、
昭和十九年の県・市道拡張の折に三〇〇余坪を削られた。
この為、本堂を取り壊し、妙見堂を移して本堂とした。

かつての妙見寺

妙見寺は押切交差点角地に長く在り、
以前は木造二階建てのお寺でありました。
中庭には小さいながらも池があり、
茶室もございました。
老朽化により建物は解体せざるを得ませんでしたが、
現在もかつての山門に使われていた彫刻など、
一部を残しております。

年中行事
令和五年(二〇二三年)

元旦~一月三日   新春ご祈祷会
三月十九日(日)  春季彼岸会施餓鬼法要
四月八日(土)   清春稲荷ご祭礼・花まつり
五月十五日(月)  妙見大菩薩ご祭礼
七月十三日~十五日 新盆(七月盆)
七月三十日(土)  盂蘭盆施餓鬼法要
八月十三日~十五日 旧盆(八月盆)
九月二十四日(日) 秋季彼岸会永代祠堂施餓鬼法要
十一月二日(月)  招福金槌大黒ご祭礼
十一月十二日(日) 日蓮聖人ご報恩御会式法要

古来、人々は古墳を築き、塔を建て、死者を埋葬してきました。その行為には様々な意味が込められていました。安らかに眠って欲しい。お参りをする事で、また亡くなった人に会いに行ける。愛する人や恩ある人を想い、時を過ごしたい。その気持ちがあるからこそ、人々は墓を建て供養をしてきたのです。現在、お墓を建てるには高額がかかり、経済的に難しい方がいらっしゃるのも事実です。また、高齢化の時代に突入し、少子化が進んでいます。
お墓は欲しいが費用がかかり過ぎる、跡継ぎがいない等、沢山の方が不安や悩みを抱えておられます。納骨堂が求められる理由がここにあります。
妙見寺は幕末より続く寺院であり、交通至便な都会の中にあり、天候を気にせず、気軽にお参りいただくことができます。お年を召された時に、特にその安心をご実感いただくことができるでしょう。また、例え絶家しても永代供養塔に入り供養が受けられます。
お寺は本来、法事や葬式を行うだけでなく、人々の様々な悩みに共に悩み答え、心の拠り所となり、文化の交流や発信の場でもありました。寺院離れが進んでいる現代、私は今一度お寺のあり方を見直していきたいと考えています。
どうぞお気軽に妙見寺にお越し下さい。皆様のご来寺を心よりお待ち申し上げております。  合掌

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